保険証のランク神話には、さらに尾ひれのついた極端なバリエーションが存在する。その代表例が「クレジットカードのブラックカードのように、富裕層だけが持てる漆黒の保険証が存在する」という噂だ。
当然ながら、医療保険制度に限度額なしの特権階級向け「黒い保険証」など実在しない。この誤解の発信源となったのは、船員保険(かつて深緑や濃紺系統の濃色カードが使われていた)や、一部の特定国保組合、あるいは京都府など一部自治体が導入した落ち着いたダークトーンのデザイン券面が、ネット上で針小棒大に解釈された結果である。
また、窓口での支払いを抑える「限度額適用認定証」と健康保険証を取り違えているケースも目立つ。限度額適用認定証には所得区分(区分ア〜オなど)が印字されており、これを見ればおおよその年収レンジ(例:区分アは年収約1160万円以上)が判明する。しかし、これは高額療養費制度を利用するために別途申請して交付される別紙・認定証であり、一般の保険証そのものの色やランクとは全く別の制度である。
【プロの結論】所属マウントからの脱却と医療情報の自己管理時代へ
保険証の色をめぐる一連の騒動から私たちが学ぶべき最大の教訓は、「外付けの属性(所属企業や身分証)に個人の価値を投影する危うさ」である。
かつての日本型雇用慣行のもとでは、大手健保の保険証を持つことが一種の社会的信用手形として機能した時代もあった。しかし、雇用の流動化が進み、副業やフリーランスという働き方が一般化した現代において、加入する保険の種類だけで人間の豊かさや信用力を測る行為はナンセンス以外の何物でもない。
他者の保険証の色を詮索して優越感や劣等感を抱く行為は、健全な自立した人間関係を損なう「心理的バウンダリー(境界線)」の侵犯である。重要なのは、自身がどのような医療保障を受けられる状態にあるのかを把握し、制度を適切に活用することに尽きる。