ウェブや写真集などで見かける国会議事堂の内部写真の中でも、特に人々の知的好奇心を刺激してやまないのが、法螺貝のような高さを誇る中央塔直下に位置する「中央広間」と、天皇陛下をお迎えするために設えられた「御休所(ごきゅうしょ)」の姿です。
中央広間は2階から6階までが吹き抜けになっており、法隆寺の五重塔がすっぽり入る約32.6メートルの天井高を誇ります。四季を描いた油絵や壮麗なステンドグラスが目を引きますが、歴史探訪者が固唾をのんで見つめるのは部屋の四隅に置かれた銅像です。ここには、近代日本の議会政治確立に決定的な足跡を残した板垣退助、大隈重信、伊藤博文の3人の銅像が鎮座しています。しかし、残る北西の角に目をやると、そこにはなぜか銅像がなく、石造りの台座だけが虚空を支えています。これが有名な中央広間と4人目の台座の謎です。
「4人目が誰か決められなかったから」「『政治に完成はない、未完の象徴』として戒めのために空けてある」「初代総理の伊藤博文に匹敵する偉人が現れるのを待っている」など、ガイドツアーでも語られる逸話は複数存在します。建築記録を紐解くと、当時の大蔵省営繕管財局が特定の人物に絞り込むことによる政治的軋轢を避けたという実務的配慮が透けて見えますが、あえて「未完」として残された空白の台座は、現代を生きる政治家たちに対する無言の重圧として機能しています。
一方、議事堂内でも至高の贅が尽くされているのが、参議院御休所と貴族院の歴史を伝える一角です。開会式当日に天皇がお入りになるこの部屋は、当時の建築技術の枠を集めた総檜造り。天井には金箔が押され、壁面には西陣織の綸子(りんず)が張り巡らされています。驚くべきは、議事堂建設費全体の約1割がこの広さわずか数十平米の御休所周りに投じられたという事実です。貴族院優位の明治憲法下における皇室への畏敬と国家威信の誇示が、レンズの向こうに冷徹なまでの工芸美として刻まれています。