なぜ、あの虫の音はこれほどまでに人の不安を煽るのか。音響効果業界のプロたちも目を見張るのが、作品全体に施された高度な音響設計だ。通常、ヒグラシの鳴き声はノスタルジックで静謐な田舎の夕暮れを表現するために使われる。しかし本作では、その美しさと裏腹に高周波の雑音成分やエコー、さらには微妙な不協和音のレイヤーを重ね合わせることで、意図的な違和感を生み出している。
平穏な日常会話の裏でうっすらと鳴り響くカナカナという声。惨劇が起きる直前に一瞬だけ訪れる無音の静寂。この「音」と「無音」の対比が、日常が崩壊していく過程を残酷なまでに強調する。切なさと狂気が同居する独特の音響演出こそが、観客の無意識にトラウマ級の緊張感を植え付ける最大の秘密なのだ。