事件発生以降、メディアや捜査関係者を通じて徐々に明らかになってきた八田與一容疑者の人物像は、一見すると社交的に見えながら、その内面に極めて激しい自己顕示欲と衝動性を抱えた危うい二面性でした。
八田容疑者は1996年、石川県で生まれました。その後、家庭の事情等に伴い関東地方へ転居。幼少期に実父と死別したとされ、母子家庭の環境下で育ちました。実家の家族構成は母親と兄弟が確認されていますが、親族間での心理的距離や摩擦も少なからず存在していたと報じられています。学生時代の同級生らによると、少年期の彼はスポーツに打ち込む活発な一面を見せる一方で、「気に入らないことがあると突如として激昂する」「他人の痛みに共感しない冷淡さがある」といった、激しい気分の振れ幅が周囲から危惧されていました。
出身校などの学歴をたどると、高校卒業後に進学した大分県別府市内の大学(立命館アジア太平洋大学=APU)に進学したものの、学業を中途で断念し中退しています。大学在籍時から一般社会のルールや集団行動に馴染めず、周囲と衝突を繰り返していた様子が複数の知人から証言されています。
大学中退後の過去の職歴は、ひとつの職場に長く定着することなく、非正規雇用や短期労働を転々とする生活でした。2018年7月から8月にかけては、岩手県八幡平市にある「安比高原リゾート」で住み込みのアルバイトとして就労していた事実が元同僚の証言によって確認されています。当時は寮生活を送りながら厨房業務や清掃などに従事していましたが、ここでも職場トラブルを起こして短期間で立ち去っています。事件直前の2022年春頃には大分県内に戻り、別府市内のIT関連企業やコールセンター業務などに従事しながら一人暮らしを送っていました。