昔のお風呂はどう沸かした?五右衛門風呂の底板やバランス釜の進化を徹底解剖

昔のお風呂はどう沸かした?五右衛門風呂の底板やバランス釜の進化を徹底解剖

昔のお風呂はどう沸かした?五右衛門風呂の底板やバランス釜の進化を徹底解剖について見逃せない 理由を厳選して解説いたします。

現在のように都市ガスやLPガス、電気給湯機が普及する以前、日本のお風呂は自然の燃料をそのまま利用する薪風呂が主流でした。昔のお風呂薪風呂の歴史と経緯をたどると、明治から昭和初期にかけては、木材の端材や落ち葉、石炭などをくべて湯を沸かす生活が日常でした。その代表格として広く知られているのが「五右衛門風呂」です。

五右衛門風呂と聞くと、戦国時代の盗賊・石川五右衛門が釜茹での刑に処された逸話を連想する人も多いかもしれません。しかし、家庭用設備としての五右衛門風呂の仕組みと入り方には、当時の職人たちによる驚くべき熱伝導の工夫と安全対策が凝らされていました。釜自体は鉄の鋳物で作られており、下から直火で加熱するため、底面だけでなく釜全体が急激に熱せられます。ここで生じる大きな疑問が「どうやって火傷をせずに湯に浸かるのか」という点です。

その答えを握るのが、湯船の中に浮いている丸い木の板です。五右衛門風呂底板の役割と真相について、単なる足置きやすのこと誤解しているケースが少なくありません。実際には、鉄釜の底面は直火で焼かれて摂氏100度近くの超高温に達しています。そのまま足をつけば即座に大火傷を負うため、木製の底板を両足の裏で押し沈め、釜底に直接肌が触れないよう体重を預けて入浴する安全装置でした。木は水よりも比重が軽いため、人が乗っていないときは自然と湯面に浮かび上がります。入浴者はバランスを取りながら、ゆっくりと底板を沈めて座るという独特の身体技法を求められました。

なお、厳密には底面のみが鉄製で側面が木桶構造になっている「長州風呂」と、全体がすり鉢状の鋳鉄で作られた「真の五右衛門風呂」が存在します。いずれも昔のお風呂の沸かし方としては、火を熾してから湯が適温になるまで40分から1時間ほど火の番をし続ける必要があり、入浴は家族総出の手間のかかる儀礼でした。

また、浴槽や付帯用具の素材として長らく主役を務めた木製風呂桶と湯桶の歴史も忘れてはなりません。サワラやヒノキ、スギを箍(たが)で締めた桶は、木材特有の油分によって高い耐水性と防腐性を備え、心地よい木の香りをもたらしました。現代のプラスチック製湯桶とは異なり、使用後は陰干しして乾燥させなければカビが発生し、乾燥させすぎると木が収縮して水漏れを起こすため、日々の繊細な手入れが不可欠でした。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。