他局のレギュラー音楽番組、たとえばTBS系『CDTVライブ!ライブ!』や日本テレビ系『with MUSIC』などがTVerでの見逃し配信に踏み切るなか、なぜテレビ朝日の『ミュージックステーション』だけが配信に踏み切れないのか。そこには、1986年の放送開始以来培われてきた老舗番組ならではの「重層的な権利構造」と「経済的合理性の不一致」が存在します。
民放キー局の音楽特番制作に携わるプロデューサーは、オフレコを条件にその内情を次のように明かしています。
「音楽番組をインターネットで無料見逃し配信(AVOD)するためには、通常のバラエティ番組とは比較にならない次元の権利処理が求められます。JASRACやNexToneが管理する『作詞・作曲の著作権(インタラクティブ配信における送信可能化権)』に加え、レコード会社各社が保有する『原盤権』、そしてアーティストやバックダンサー、ミュージシャン個々人の『実演家人格権・肖像権』の許諾を、放送回ごとに1組ずつ個別に取得しなければなりません」
『Mステ』は毎週生放送を中心に、アイドル、ロックバンド、シンガーソングライター、K-POPグループ、さらには昭和歌謡のアーカイブ映像まで、多種多様な所属事務所のアーティストが一堂に会します。ここで発生する主な障壁は以下の3点に集約されます。
- アーカイブ映像の二次利用料の高騰:番組の目玉である「昭和・平成・令和の年代別名曲ランキング」などで使用される過去の秘蔵VTRは、当時の所属事務所や引退した元メンバーの権利が複雑に入り組んでおり、ネット配信許諾の取得が物理的に不可能なケースが頻発する。
- 広告型無料配信(TVer)の採算分岐点:全出演者および権利者に対して支払うネット配信の追加ライセンス料(二次使用料)は数千万円単位に跳ね上がることもある。TVerの無料広告インプレッション収益だけでは、この巨額の許諾コストを回収することが極めて難しい。
- 海外レーベル・グローバル事務所の契約縛り:海外の有力アーティストや一部のグローバルダンスボーカルグループは、配信プラットフォームごとの映像管理契約が厳格であり、「日本の無料広告プラットフォームでの1週間限定全編配信」に対して包括的な許諾を出さない方針を貫いている。
つまり、番組側が配信を拒絶しているのではなく、「関わるステークホルダー全員からネット配信の合意を取り付け、かつ制作費の赤字を出さないビジネスモデルを構築することが事実上不可能」というのが、業界関係者の一致した見解です。