山尾志桜里氏の政治キャリアを振り返る際、多くの人が抱く「落選して表舞台から消えた」というイメージは、事実関係において正確ではありません。報道各社の公式選挙記録によると、山尾氏が総選挙で落選を喫したのは、民主党政権への強烈な逆風が吹き荒れた2012年12月の第46回衆議院議員総選挙(愛知7区)の1回のみです。
2009年の第45回衆院選では「小沢ガールズ」の象徴として自民党重鎮の鈴木淳司氏を破り、16万1,539票を獲得して初当選を果たしました。しかし2012年の選挙では、自民党復権の波に抗えず鈴木氏に約2万票差をつけられ、比例復活も叶わず落選。この時、一度目の浪人生活を経験しています。
特筆すべきは、その後の選挙戦で見せた驚異的な勝負強さです。2014年の第47回衆院選で議席を奪還すると、民進党政調会長就任や待機児童問題での追及を通じて全国的な知名度を獲得。2017年の第48回衆院選直前には週刊誌による私生活報道で民進党を離党する絶体絶命の危機に瀕しながらも、無所属で出馬した愛知7区にて834票差という薄氷の勝利をもぎ取りました。つまり、有権者の直接投票において彼女は最後まで「敗北して議席を奪われたわけではない」という点が、政治史における重要なファクトです。