匂いを頼りに追ってきた竈門炭治郎との遭遇は、無惨にとって計算外の事態だった。耳飾りを見た瞬間に脳裏をよぎった過去のトラウマ。しかし、彼はその場ですぐに本性を露わにすることはしなかった。「お父さん」と呼ばれながら娘を抱き上げ、通行人を鬼に変えることで混乱を作り出し、何食わぬ顔でその場を去ったのだ。
この一瞬の攻防には、人間を虫ケラとしか思っていない無惨の残忍さが凝縮されている。抱えられていた娘や寄り添う妻は、彼にとっていつでも捨てられる肉の盾に過ぎなかった。日常の平穏が、一瞬で地獄の入り口へと変わるこのサスペンス描写は、作品全体の緊迫感を決定づけた名シーンと言える。