歌舞伎町から職安通りを挟んで大久保エリアに隣接する一帯には、昭和後期から平成にかけて建てられた大規模な分譲・賃貸複合マンションが点在しています。これらが「ヤクザマンション」と呼ばれるようになった背景には、歓楽街への圧倒的な近さに加え、区分所有者が多岐にわたり管理組合の統制が効きにくかったという構造的要因がありました。
夜の街で発生するトラブルに即座に対応できる機動力を求め、組関係者が次々と部屋を買い上げ、あるいはダミー名義で賃貸契約を結びました。1棟の建物内に異なる系列の暴力団事務所がいくつも看板を掲げずに同居する異常事態が日常化し、エレベーター内での鉢合わせによる緊張感が漂う特異な空間が形成されたのです。