「テセウスの船(Ship of Theseus)」とは、古代ギリシャの英雄テセウスがアテネに帰還した記念に保存されていた木造船を巡る、哲学・論理学における思考実験です。ギリシャの哲学者プルタルコスが書き残したこの命題は、「ある物体を構成する部品がすべて徐々に新しいものへと交換されたとき、それは以前と同一の物体と言えるのか?」という根源的な問いを投げかけています。
老朽化した木材を1枚ずつ新しい板に張り替え、長い年月をかけてすべての部材が交換されたとします。このとき、以下の2つの対立する見解が生まれます。
- 同一であるとする立場:形態や機能、所有者、歴史的連続性が保たれているため、板が変わっても「テセウスの船」である。
- 別物であるとする立場:当初の構成要素(物質)が100%失われている以上、それは単なる「レプリカ(複製)」にすぎない。
さらにトマス・ホッブズが提示した後日談の問い「取り外された古い木材をすべて集めてもう一度組み立てた船がある場合、どちらが本物のテセウスの船なのか?」というパラドックスは、現代の生体工学、サイボーグ技術、AIと意識の同一性を議論する際にも引用される重要な概念です。
人間の細胞も数年でほぼすべてが入れ替わります。それでも「自分」が昨日の自分と同じ存在であると確信できる根拠は何なのか――。この「同一性の揺らぎ」こそが、作品のタイトルに込められた最大のテーマとなっています。