【鬼滅の刃】なぜ累のイラストは泣けるのか?切ない過去と神作アートの真相

【鬼滅の刃】なぜ累のイラストは泣けるのか?切ない過去と神作アートの真相

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累が作中で振るった戦闘能力の極致、それが累 血鬼術 刻糸牢(こくしろう)だ。自らの血を混ぜることで極限まで硬度を高めた真紅の糸が、相手を四方八方から檻のように取り囲み、瞬く間に肉体をサイコロ状に裁断する。この技はアニメ第19話「ヒノカミ」において、神懸かり的な映像美と挿入歌「竈門炭治郎のうた」とともに描かれ、社会現象化の起爆剤となった。

イラスト表現においても、この紅い糸は累の象徴として頻繁に用いられる。しかし多くの絵師たちが描くのは、炭治郎を切り裂く凶器としての糸であると同時に、累自身を縛り付けて息の根を止める「業の枷」としての糸だ。そして物語は、水柱・冨岡義勇の手によってもたらされる鬼滅の刃 累 死亡シーンの経緯へと至る。

義勇の編み出した「拾壱ノ型 凪」によって一瞬で頸を刎ねられた累は、崩れゆく自らの胴体を引きずりながら炭治郎へと歩み寄る。首を失ってもなお、家族の温もりを求めて手を伸ばすその背中に、炭治郎は慈愛に満ちた掌をそっと重ねた。「泣きたくなるような優しい音」に包まれながら塵となって消滅する瞬間、累の魂は両親と再会を果たす。「一緒に行くよ、地獄でも。父さんと母さんの役目だ、息子の罪は半分背負う」という両親の抱擁。この一連のシークエンスは、鬼滅の刃全編を通じても最も涙を誘う名場面としてファンの網膜に焼き付いており、消滅寸前の灰と光を描いたイラストが涙腺崩壊アートとして神格化される所以となっている。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。