裁判官からの温情判決と励ましを受け、長男は新たな人生を歩み始めたかのように見えました。知人の支援を受けながらアパートで暮らし、清掃関係の仕事に就いて社会復帰を目指していました。
しかし、伏見介護殺人 その後の結末は、さらなる悲痛を伴うものでした。判決から約8年が経過した2014年、長男は滋賀県草津市の琵琶湖畔で遺体となって発見されたのです。警察の調べにより、自死(自殺)と断定されました。
残されたメモには、最愛の母を手にかけてしまった消えない自責の念と、孤独に耐えかねた苦悩が綴られていました。裁判官から「生きて償ってほしい」と託された言葉を胸に必死に生きようとしたものの、母親を殺めたという記憶の重荷をひとりで背負い続けることは、あまりにも過酷だったと言わざるを得ません。