事件が発生した2005年は、日本国内でブロードバンド回線が急速に普及し、テキスト中心だったインターネットが画像や音声、動画の共有プラットフォームへと大きく変貌を遂げていた過渡期でした。2ちゃんねる(現5ちゃんねる)を中心に、掲示板ユーザーたちは宮崎氏の映像を格好の素材として扱い始めました。
当時全盛期を誇ったAdobe Flash動画や個人制作のMAD動画において、宮崎氏の「引っ越し!しばくぞ!」という掛け声はサンプリングされ、テクノやヒップホップのリズムに合わせて編集された楽曲が大量に制作されました。「Miyoco」というアルファベット名で記号化されたキャラクターは、アスキーアート(AA)やフィギュアのモデリングにまで派生し、ニコニコ動画やYouTubeの黎明期を支える巨大なネットミームへと変貌を遂げたのです。
ネットユーザーが熱狂した背景には、従来のメディアではタブー視されていた「日常の狂気」をデジタル空間で脱色し、ポップなエンターテインメントへと反転させる一種のカタルシスがありました。しかし、現実には重篤な健康被害に苦しむ被害者夫婦が存在し、崩壊した家庭の苦痛が存在していたにもかかわらず、ネット空間ではそうした生々しい文脈が完全に切り捨てられ、ただ笑えるコンテンツとして消費され続けました。これは、現在のSNSにおける炎上消費やデジタルタトゥー問題の原点とも言える現象でした。