日本大学アメリカンフットボール部フェニックスは、1940年の創部以来、日本の学生フットボール界を牽引し続けてきた屈指の伝統校です。チームカラーである深紅のユニフォームと「ショットガン隊形」をはじめとする革新的な戦術で、昭和から平成にかけて圧倒的な強さを誇りました。
特筆すべきは、全日本大学アメリカンフットボール選手権の決勝戦である甲子園ボウルでの戦績です。日大フェニックスは歴代最多となる通算21回の優勝を飾り、社会人王者と日本一を争うライスボウルでも4度の頂点に立ちました。
チームの黄金期を築いた日大アメフト部の歴代監督の中でも、1959年から44年間にわたり指揮を執った故・篠竹幹夫監督の存在は際立っています。「信賞必罰」「不撓不屈」のスパルタ指導と独自のフットボール理論で常勝軍団を作り上げ、多くの日本代表選手や指導者を輩出しました。しかし、強烈なカリスマ性に依存した指導体制は、時代の変化とともに組織の閉鎖性やトップダウン体質という影を落とす契機にもなりました。