実の姉弟でありながら姓が異なる背景には、両親の離婚に伴う戸籍上の変化と、芸能界における所属事務所のブランディング戦略という2つの要因が深く関係しています。
取材報道や関係者の証言によると、3兄弟が幼少期から少年少女期へと成長する過程で両親が離婚。子どもたちの親権は母親が持つこととなり、戸籍上の姓は母方の旧姓である「山田」へと変更されました。長女の菜々や次女の寿々が「山田」名義で活動しているのは、この母方の姓に基づいています。
一方で、中山優馬が「中山」を名乗り続けた理由には、当時の旧ジャニーズ事務所での活動ステータスが関係しています。中山優馬は2006年に事務所へ入所し、弱冠14〜15歳で「中山優馬 w/B.I.Shadow」や「NYC boys」としてメジャーデビューを果たしました。すでに全国区のトップアイドルとして「中山優馬」というブランド名が完全に確立されていたため、プライベートな戸籍の変更に合わせて芸名を改名することは商業的リスクが大きすぎたと判断されたのです。
さらに、姉の山田菜々が2010年にNMB48へ加入した際、すでに国民的アイドル事務所に所属していた弟の存在に配慮し、あえて母親の姓である「山田」を使用したことで、姉弟の苗字が完全に二分される形となりました。