映画の中で聖司は、雫がやってくるのを図書館の屋上やベンチで待ち伏せる。偶然を装った必然。この演出は、90年代のラブコメディにおける王道の演出パターンだった。しかし、ストーカー規制法が制定され、個人のプライバシーへの意識が極限まで高まった現代社会において、この「待ち伏せ」は明確な警戒対象となる。
現代の恋愛において、合意のない待ち伏せは恐怖でしかない。SNSでの位置特定やストーキングが社会問題化する中、聖司の行動は「一歩間違えれば犯罪」というスレスレのラインに位置づけられる。純粋な恋心が、受け手の解釈次第で牙を剥く。そのリアリティが、視聴者に冷や汗をかかせるのだ。