八尺瓊勾玉は、日本の歴史的動乱の現場において数々の奇跡的な生還を果たしてきました。
1. 壇ノ浦の合戦(1185年)における浮上伝説
平家滅亡の折、二位の尼は安徳天皇を抱き、三種の神器とともに壇ノ浦の海底へと身を投げました。この時、草薙剣は海底深く失われましたが、八尺瓊勾玉は「木箱ごと海面に浮かび上がり、源氏の武士によって無傷で回収された」と平家物語等に記されています。勾玉が収められた箱が水密性の高い構造であったこと、あるいは玉自体の比重と浮力による物理的要因が神話的な奇跡として語り継がれています。
2. 南北朝の動乱と後南朝による奪取事件
南北朝時代、後醍醐天皇が吉野へ逃れる際に八尺瓊勾玉を携えたため、南朝が正統の証を保持し続けました。その後、室町幕府による南北朝合一(明徳の和約)で京都へ戻されたものの、1443年の「禁闕の変(きんけつのへん)」で後南朝勢力によって宮中から強奪され、約15年間にわたり吉野の山中に隠匿されるなど、王権闘争の象徴として激動の運命を辿りました。