現在の隆盛は、決して一朝一夕で築かれたものではない。この地域の柑橘栽培の歴史を紐解くと、先人たちのあくなき挑戦とパイオニア精神に行き着く。
明治時代、地域の将来を賭けて果樹栽培業(柑橘農業)の導入を推進し、礎を築いた人物が後藤幸𠮷(三ヶ日柑橘の父)である。彼は自ら先進地を巡り、導入した苗木を試行錯誤しながら地域の風土になじませていった。その情熱が地域の農家たちへ波及し、一帯を一大生産地へと変貌させていったのだ。
昭和期に入ると、地元で発見された変異種から高糖度で貯蔵性に優れた品種が選抜され、今日の基幹ブランドへと発展。気候変動や市場の変化に直面しながらも、土壌改良や最新のセンサ技術を導入した選果など、技術革新を怠らない姿勢が現在も受け継がれている。