阪急電鉄の春日野道駅が誕生したのは、1936年(昭和11年)のことです。阪急神戸本線が三宮へと延伸された際、山陽新幹線が通る六甲山系麓の急峻な地形と、過密化する市街地の高架上に滑り込ませる形で開設されました。限られた高架橋の幅員の中に線路を敷設した結果、線路に挟まれた中央の島式ホーム(1面2線)は、ホーム幅が昔はわずか約3.3メートル、狭小部では2.8メートル程度しか確保できませんでした。
当時の様子について、古くからの近隣住民や昭和期に通学で利用していたOBは次のように述懐します。
「朝夕のラッシュ時、ホームの中央に黄色い点字ブロックや白線が引かれていても、大人がすれ違うのがやっとでした。背後を100km/h近い速度で特急や通勤急行が砂埃を巻き上げて通過していくたび、突風で足元を取られそうになり、思わず柱にしがみついた記憶があります」
関西圏では、地下駅であった阪神電気鉄道の春日野道駅(当時ホーム幅約2.6メートル)とともに「春日野道の極狭ホーム」として並び称され、一部では阪急春日野道駅 日本一狭いホームの双璧として恐怖の対象となっていました。線路のカーブとカント(線路の傾き)の影響で電車が傾いて通過するため、ホームに立つ乗客にとっては物理的な数値以上の圧迫感と恐怖をもたらしていたのです。