航空基地でありながら飛行場がない背景には、昭和初期から続く軍事教育と戦後の防衛構想が深く関わっています。奈良基地飛行場がない理由の根幹は、ここが最初から「教育・研究に特化した知の拠点」として位置付けられている点にあります。
歴史を遡ると、現在の奈良基地が位置する奈良市法華寺町周辺は、大正時代から旧陸軍の演習場や歩兵第三十八連隊の関連施設として利用されていました。太平洋戦争末期の1942年には予科練教育を担う「奈良海軍航空隊」が開隊され、飛行場を持たない予備教育機関として多数の航空要員を送り出した歴史を持ちます。戦後の米軍接収を経て、1954年の航空自衛隊創設に伴い奈良基地が開設。1957年に防府南基地から幹部候補生学校が移駐して以来、現在に至るまで半世紀以上にわたり航空自衛隊の精神的支柱を育成し続けています。
防衛省関係者の資料によると、奈良基地歴史と役割は「防空の頭脳となる幹部自衛官の育成」に一本化されています。実機の操縦訓練は浜松基地や芦屋基地、静浜基地など全国の飛行教育航空隊で行われるため、奈良基地自体に滑走路を整備する必要がありません。敷地内には座学用の校舎、体育館、武道場、グラウンド、射撃訓練場、学生舎(寮)が効率的に配置され、教育訓練に専念できる環境が整えられています。