蔦屋重三郎が築き上げたビジネスモデルは、200年以上を経た現在のメディア産業やコンテンツビジネスと完全に重なり合う。彼は単に原稿を印刷して売る商人ではなかった。企画を立ち上げ、最適なクリエイターをアサインし、宣伝戦略を練り、グッズ展開まで視野に入れた総合プロデューサーだった。
絵師、彫師、摺師という職人集団を統率し、高品質なグラフィックアートを量産する制作パイプラインの構築。さらには太田蜀山人(大田南畝)ら知識人コミュニティと深く結びつき、狂歌ブームを仕掛けて一大カルチャーへと育て上げるネットワーク力。彼の手掛けた作品群は、いわば江戸時代における最強の「IP(知的財産)」だったと言える。
紙と墨という限られたメディアの中で、人々の可処分時間をいかに奪うか。蔦重が耕書堂の店頭で実践していた戦略は、デジタル全盛の今を生きるマーケターやクリエイターにとっても、決して色褪せない教訓に満ちている。