松本龍の辞任劇と発言の真相|知られざる背景から死去までの全貌

松本龍の辞任劇と発言の真相|知られざる背景から死去までの全貌

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東日本大震災の発生から約3カ月半が経過した2011年6月27日、菅内閣は復興の司令塔として松本龍環境大臣を初代の復興対策担当大臣に任命しました。しかし、その就任劇は翌週の週末、地方視察の現場で突如として暗転します。

同年7月3日、岩手県と宮城県を訪問した松本氏は、宮城県庁の応接室で村井嘉浩知事と面談しました。当時、村井知事は水産業復興特区構想など独自の復興案を打ち出していましたが、地元漁協との調整が難航している状況でした。知事が応接室に到着した際、松本氏は握手を拒否し、険しい表情のまま着席を促しました。

会談中、松本氏は「県でコンセンサスをとれ。そうしないと我々は何もしない」「知恵を出したところは助けるが、知恵を出さないやつは助けない」と厳しい口調で通告。さらに、席を立つ直前には同席していた報道陣を指差し、「今の最後の言葉はオフレコです。いいですか、みなさん。『書いたらもうその社は終わり』だから」と言い放ちました。

この一連のやりとりは、東北放送(TBC)をはじめとする地元メディアのカメラによって克明に記録されていました。「報道機関への恫喝とも受け取れる発言を公表すべき」と判断したメディア各社が映像を全国ニュースでノーカット放映すると、世論は激しく炎上。被災者の心情を逆撫でしたとする猛抗議が首相官邸や復興対策担当室に殺到し、松本氏は同年7月5日、就任からわずか9日で辞任届を提出せざるを得なくなりました。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。