医学的に毛が太くなっていないにもかかわらず、鏡を見た本人が「絶対に濃くなった」と確信してしまうのは一体なぜでしょうか。その答えは、光の反射と形状の変化による毛の断面の錯覚にあります。
自然に生えて伸びている体毛は、先端に向かうにつれて細くなる円錐形(テーパー構造)をしています。摩擦や紫外線にさらされ、毛先がわずかに脱色して茶褐色に近くなっているケースも珍しくありません。しかし、カミソリで毛の根元近くを水平に剃り落とすと、最も直径が大きい毛幹の中央部で切断されます。数日後にその毛が再び皮膚表面から数ミリ伸びてきたとき、先端にあるのは細い毛先ではなく、切り株のように平らで太い「切断面」です。
円錐の頂点を見ていた状態から、円柱の底面が肌の上に黒々と並ぶ状態へと変化するため、視覚的に毛の占有面積が格段に広く見えます。黒いメラニン色素がぎっしり詰まった太い断面が肌の上に直立し、さらに毛先が平らなため触った感触もチクチク・ジョリジョリと硬く感じられます。これが脳内で「毛が太く、硬く、濃くなった」という強烈な誤認を作り出している正体です。
もう一つの心理的要因として、「剃り始めた時期(年齢)」のバイアスが挙げられます。多くの人が髭やすね毛を初めて剃り始めるのは、第二次性徴を迎える中学生から高校生にかけての思春期です。この時期は体内の男性ホルモン分泌量が急激に増加し、自然な身体の成長として軟毛から硬毛へと変化していくタイミングと完全に一致します。「初めて剃ったから濃くなった」のではなく、「ホルモンバランスの変化で太くなる時期に、たまたま剃り始めた」という因果関係の取り違えが、今なお根強く噂を補強し続けています。