細胞生物学における最もスリリングな現象の一つが、細胞核と遺伝物質の関係です。ヒトの一般的な細胞核の直径はわずか5〜10マイクロメートル(1ミリの100分の1以下)しかありません。この目に見えない微小空間に、伸ばせば約2メートルにも達するDNAの長大な二重らせん構造が、一切絡まることなく格納されています。これを人間に例えるなら、「東京ドームの中に、太陽系を横断する長さの極細ワイヤーを綺麗に整理して詰め込む」ような神業です。
この圧縮を実現する主役が、アルギニンやリシンといった塩基性アミノ酸を豊富に含むヒストンタンパク質です。酸性の性質を持つDNAの二重らせんは、電気的な引力によって8個のヒストンタンパク質が集まったコアに約1.65回巻き付きます。この最小単位のビーズ状構造を「ヌクレオソーム」と呼びます。
ヌクレオソームが連なり、さらに規則正しく折りたたまれて繊維状になった状態がクロマチン(染色質)です。ここで多くの一般読者が抱く「普段、自分の体の中の染色体はどうなっているのか?」という疑問に答えが導かれます。
実は、細胞が通常活動を行っている間(間期)、染色体は私たちが教科書でよく目にするような「X字型の凝縮した塊」としては存在していません。必要な遺伝情報をいつでも読み取ってタンパク質を作れるよう、毛糸をゆるく解いたようなクロマチン繊維の状態で、核内を満遍なく漂っています。そして、細胞分裂を行うまさにその瞬間にのみ、複製されたDNAが激しく凝縮し、顕微鏡で光学的に観察できる強固な「染色体」の姿へと変貌を遂げます。酢酸カーミン液やギムザ染色液などの塩基性色素によく染まる物質であることから「染色体」と名付けられた歴史的背景が、今なおその名前の中に息づいています。