なぜ日本はこの時期、これほど強硬な姿勢に出たのか。背景には、ヨーロッパ全土を呑み込んだ第一次世界大戦の勃発が存在する。欧米列強がアジア情勢に関与する余裕を失った瞬間を、当時の外務大臣・加藤高明は見逃さなかった。加藤は自らの主導で対華21カ条要求を起草し、山東省のドイツ権益継承や南満州・東部内蒙古における日本の権益拡大を一気に押し通そうとしたのだ。
加藤高明の狙いは、日露戦争以降に獲得した権益を永久化し、イギリスやアメリカと並ぶ東アジアの大国としての立場を固めることにあった。だが、その冷徹な現実主義と性急な手法は、欧米諸国からの強い警戒感を招くこととなる。単なる山東権益の確保にとどまらず、中国政府の政治・財政・軍事顧問に日本人を雇わせるという「第5号」の要求が、国際社会の激しい反発を買ったのである。