川谷絵音の大学はどこ?東京農工大中退の真相と理系高学歴の原点を解剖

川谷絵音の大学はどこ?東京農工大中退の真相と理系高学歴の原点を解剖

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東京農工大学小金井キャンパスでの学生生活において、川谷の音楽人生を決定づけたのが学内の軽音部サークル活動でした。高校時代まではアコースティックギターを爪弾く程度だった彼が、本格的にエレキギターを手に取り、作詞作曲に没頭し始めたのがこの大学時代です。

この軽音部には、川谷の2学年先輩として、後に「ゲスの極み乙女」で唯一無二のベースラインを刻むことになる休日課長(本名:和田理生)が在籍していました。休日課長もまた農工大学院を修了後、大手電機メーカーのサラリーマンとして勤務しながらバンド活動を続けていた理系男子です。川谷は学生時代から彼の卓越したベース演奏技術と音楽理論への深い造詣に一目置いており、自身のデモ音源を聴かせてはセッションを重ねていました。

2010年にindigo la Endを結成してインディーズ界で頭角を現し始めた川谷は、2012年、自身が思い描く「ポップとアヴァンギャルドが融合した新しいダンスロック」を具現化するため、軽音部の先輩である休日課長、ライブハウスで知り合ったちゃんMARI(キーボード)、ほな・いこか(ドラム)に声をかけます。こうして新宿のスタジオで生まれたのがゲスの極み乙女でした。

SNSや当時の下北沢・渋谷のインディーズシーンを知る古参ファンの証言を検証すると、当時から川谷の楽曲は「変拍子なのに耳に残る」「サビの転調が異常に気持ちいい」と評されていました。農工大軽音部という閉じたサークル空間で培われた実験精神と濃密なセッションが、日本中を揺るがす革新的バンドサウンドの苗床となったのです。

山田 真由
著者

山田 真由

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