2014年2月19日、ソチのアイスバーグ・スケティング・パレスは静まり返りました。金メダルの最有力候補として現地入りしていた浅田真央選手は、ショートプログラム冒頭のトリプルアクセルで転倒。続く連続ジャンプのコンビネーションが抜けるなど信じがたいミスが重なり、得点は自己ワースト級の55.51点、順位はまさかの16位という衝撃的な結果に終わりました。演技後のミックスゾーンで言葉を失い、青ざめた表情で立ち尽くす姿に、世界中のスケート関係者が胸を痛めました。
しかし、翌2月20日の夜、世界はスポーツ史上最もドラマティックな「心の復活劇」を目撃することになります。最終グループのはるか前、第2グループの6番滑走という異例の早い滑走順でリンクに現れた浅田選手は、迷いのない研ぎ澄まされた眼差しをしていました。流れてきたのは「ピアノ協奏曲第2番ハ短調 作品18」。かつて過酷な精神的危機を乗り越えて名曲を生み出した作曲家ラフマニノフ自身の復活劇と重なるプログラムです。
冒頭の大技・トリプルアクセルを美しく着氷させると、会場の空気が一変しました。3回転フリップ+3回転ループ、3回転ルッツ、2回転アクセル+3回転トウループと、極限の緊張感の中で女子シングル史上前人未到とされる全6種8トリプルの構成を完遂。最後のコレオシークエンスでは全身全霊の感情を氷上にぶつけ、滑り終えた瞬間に両手で顔を覆い、堰を切ったように涙を流しました。フリーのスコアは当時の自己ベストとなる142.71点。最終順位こそ総合6位でしたが、フリー単体では堂々の3位となり、順位という数字を無意味にするほどの圧倒的カタルシスを世界に刻みつけました。