鳥山明氏を巡る逸話の中でも特に有名なのが、自他ともに認める「面倒くさがり」な性格が、結果として漫画史を塗り替える発明へと結びついた数々の天才エピソードです。本人の手記や鳥嶋氏との対談録から明らかになっている代表的な真実を掘り下げます。
代表的な事例が、『ドラゴンボール』を象徴する変身形態「スーパーサイヤ人」の誕生秘話です。悟空が覚醒した際、髪の毛が逆立ち金色(白抜き)に変化する設定について、鳥山氏は後に「悟空の髪を黒く塗りつぶす(ベタ塗り)作業が死ぬほど面倒だったから」と明確に語っています。当時、アシスタントをほとんど雇わず、実質的に鳥山氏自身と妻、そしてごく少数のスタッフで原稿を仕上げていたため、ベタ塗りに要する膨大な時間を削るための「合理的な工夫」が、読者の脳裏に焼きつく劇的なパワーアップ表現へと昇華されたのです。
同様の合理化精神は、舞台設定にも貫かれています。物語の中盤、激しい戦闘が繰り広げられた「ナメック星」や「荒野の戦場」において、背景にビル群や木々がほとんど描かれず、滑らかな岩肌と地平線ばかりが広がっている理由も、「背景に細かい建物を描くのが大変だから吹き飛ばして更地にした」というものでした。しかし、余計な情報量を削ぎ落としたミニマルな背景は、かえってキャラクターの超高速な動きと立体的な位置関係を浮き立たせ、読者がバトルアクションに極限まで没入できる効果を生み出しました。
さらに、同業のプロ漫画家やアニメーターたちが口を揃えて驚嘆するのが、圧倒的なデッサン力とフリーハンド技術です。鳥山氏は、下描きをほとんど行わず、定規やコンパスを使わずにフリーハンドで完璧な円やパースラインを描き出していたと伝えられています。彼が好んで描いた架空の乗り物「鳥山メカ」は、内部のエンジン構造やパイプの配線に至るまで「実際に作れば動く」と工業デザイナーに言わしめるほどの説得力を持っていました。「面倒を嫌う職人気質」と「空間を完璧に把握する天性の視覚認知能力」の融合こそが、鳥山明という唯一無二のクリエイターを形成していたのです。