ブラックエンペラーという巨大な集合体は、どのようにして誕生し、日本最大規模へとのし上がったのでしょうか。その起源は1960年代末、東京都世田谷区の下北沢周辺に集まっていた車・バイク好きの少年たちに遡ります。初代総長である本間政夫氏を中心とする初期メンバーは、当初はアメリカンカスタムカルチャーやスピードへの憧れを共有する同好会的なツーリンググループとしてスタートしました。
しかし、高度経済成長期の歪みと都市化の波に呑まれた若者たちのエネルギーを吸収する形で、活動形態は急速に変容していきます。下北沢支部を皮切りに、新宿、太田、杉並といった都内要所へ支部が次々と設立され、やがて千葉県の柏や松戸、神奈川県、茨城県にまでその勢力圏は拡大しました。白地に黒の卍を配した特攻服と旗は街道の支配者の象徴となり、最盛期には構成員1万人、支部数は数十拠点に達する空前の巨大組織へと変貌を遂げたのです。
組織の拡大に伴い、規律の維持を目的とした独自の掟や集団ヒエラルキーが形成されました。集団走行時の隊列指示や他グループとの縄張り争いにおける統率力は、軍隊さながらの厳格さを極め、それが後述するドキュメンタリー作品などで記録されることになります。