亀ヶ池八幡宮の起源を紐解くと、平安時代末期から鎌倉時代初期の治承年間(1170年代後半〜1180年頃)にまで遡ります。源平合戦の武勲で名高い佐々木三郎盛綱の所領であった上溝の地に、八幡大神を勧請したことが始まりとされています。
戦国時代には小田原北条氏の家臣団から厚い尊崇を受け、社頭の造営や神領の寄進が重ねられました。江戸時代に入ると徳川幕府より社領として「朱印地」を安堵され、地域住民からは農耕の守護神、治水・厄災除けの神として崇められ続けました。現在境内にある欅(ケヤキ)や銀杏の大木は数百年におよぶ地域の興亡を見守り続けており、その樹齢の長さ自体が信仰の歴史の深さを雄弁に物語っています。
明治の神仏分離令を経て現在の純神道形式へと整えられましたが、社殿の彫刻や祭祀の構成には、人々の生活と密着しながら祈りを捧げ続けてきた土着の精神文化が息づいています。800年以上にわたり一度も途切れることなく地域の人々によって守り継がれてきたという歴史的連続性そのものが、亀ヶ池八幡宮の持つ厳かな社格の源泉となっています。