最高裁判決の後も、建物は法的に「違法建築物(無確認建築物)」となったため、追加工事も入居もできず、誰も住まないコンクリートの巨城として文京区の一等地に放置され続けました。防犯上のリスクや景観の悪化から、近隣住民の間では早期の解体を求める声が一段と高まりました。
ル・サンク小石川後楽園の現在に至るプロセスにおいて、事業者側は改修による適法化も模索したものの、抜本的な避難経路の確保には大規模な躯体撤去が必要であり、コストと構造安全性の観点から断念。最終的に建物の解体工事が実施される運びとなりました。
長期間に及んだ解体作業を経て、一時は廃墟同然の姿を晒していた敷地は更地化・再整備への道を歩み始めました。跡地の活用方針については、過去の紛争の歴史を踏まえ、周辺の低層住宅街と調和した安全性の高い計画への転換が注視されています。