仁徳天皇陵古墳を含む「百舌鳥・古市古墳群」がユネスコ世界文化遺産に登録されたのは2019年7月のことです。しかし、この栄冠を手にするまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。
国内推薦の段階では、文化庁やイコモス(国際記念物遺跡会議)から幾度となく懸念が示されました。その最大の争点が「宗教施設(皇室陵墓)としての非公開性と、世界遺産が求める真正性(アクセシビリティ・学術的透明性)の整合性」でした。研究者が内部を自由に立ち入れない遺構が、果たして全人類共通の文化遺産としてふさわしいのかという厳しい視線が注がれたのです。
事態を打開したのは、地元・大阪府や堺市、羽曳野市、藤井寺市と宮内庁の粘り強い協議でした。「立ち入りを制限し、祭祀の場として静寂に維持されてきたからこそ、1500年以上にわたり開発の波に呑まれず原型が保たれた」という、保護管理の独自モデル(文化的景観の継続性)を国際社会に提示。都市化が進む大阪平野の中で奇跡的に守り抜かれた49基の古墳群の価値が認められ、悲願の一括登録が実現しました。