謎多き権力者としての瀬島龍三ですが、私生活においてはどのような家庭環境を築いていたのでしょうか。その家族関係と家系図にも、昭和のエリート軍人ならではの絆が見て取れます。
瀬島夫人の清子(きよこ)さんは、二・二六事件で岡田啓介首相と誤認されて反乱軍に射殺された内閣総理大臣秘書官・松尾伝蔵陸軍大佐の長女です。軍閥の有力者一族と婚姻を結んだことは、若き日の瀬島が軍中央で出世街道を歩む大きな後ろ盾となりました。清子夫人は、夫がシベリアに抑留された11年もの間、夫の無事を信じて日本で家庭を守り続けました。
夫婦の間には2人の娘(長女・次女)が誕生しています。子どもや孫たちは一般人として自立した生活を送っており、父親の権力を利用して政財界の表舞台へ進出することは慎重に避けられました。瀬島自身も私生活を派手にひけらかすことはなく、質素でストイックな軍人気質を生涯保ち続けたと伝えられています。