古文「をかし」の意味とあはれの違いを解説!枕草子の美意識と現代語訳

古文「をかし」の意味とあはれの違いを解説!枕草子の美意識と現代語訳

古文「をかし」の意味とあはれの違いを解説!枕草子の美意識と現代語訳の全体像を丁寧に掘り下げてご紹介します。

枕草子をかしという結びつきは、もはや日本文学史における代名詞です。清少納言は、中宮定子に仕えた宮廷サロンの中で、その卓越した言語感覚を遺憾なく発揮しました。その最高峰が、冒頭の第一段「春はあけぼの」です。

秋の描写としてあまりにも有名な「夕暮れは、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへいとをかし」という一節を見てみましょう。現代語訳すると、「秋は夕暮れが良い。烏がねぐらへ帰ろうとして、三羽四羽、二羽三羽と飛び急いでいく様子までもが、たいそう趣がある」となります。清少納言は、派手な紅葉だけでなく、夕暮れの空を急ぐ烏のシルエットという一見平凡な日常風景に独自の「をかし」を見出しています。

また、機知に富んだをかし例文として名高いのが「中納言参り給ひて」の章段です。定子の兄である藤原伊周が「素晴らしい扇の骨を手に入れたが、これに張る紙が見つからない。珍しい骨だから並大抵の紙は張れない」と自慢したのに対し、清少納言はすかさず「それは扇の骨ではなく、クラゲの骨(世にあり得ない珍物の例え)なのでしょう」と切り返します。座にいた一同が「一本取られた」と大笑いし、伊周も「この言葉は私のものにしてしまいたい」と感嘆する場面で使われるのが「をかし」です。ここでは「滑稽」ではなく、「知的な機転への賞賛」を意味しています。

注目すべき歴史的事実として、清少納言が『枕草子』を執筆していた当時、彼女が仕えた中宮定子の生家・中関白家は、藤原道長との政争に敗れて急速に没落していました。身内に悲運が重なり、サロン全体が暗雲に覆われる過酷な政治状況の中で、清少納言はあえて日記の中に政治的怨嗟や悲壮感を一切持ち込まず、ただひたすらに宮廷の華やかさ、自然の美しさ、笑いと知性に満ちた「をかし」の世界だけを書き残しました。清少納言をかしの根底にあるのは、過酷な現実に対する気高い文学的レジスタンスだったのです。

斉藤 蓮
著者

斉藤 蓮

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。