冷徹な鉄の女として知られるエテリ氏ですが、その半生は想像を絶する波乱と苦難に満ちています。モスクワでジョージア系の家系に生まれた彼女は、若い頃はシングル選手として活動したものの怪我で断念し、アイスダンスへと転向しました。しかし選手としては目立った実績を残せないまま、ソビエト連邦崩壊前後の混乱期に活路を求めてアメリカへと渡ります。
1995年、アメリカ巡回アイスショーの団員として滞在していたオクラホマシティで、死者168名を出したアメリカ史上最悪の国内テロ事件「オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件」に遭遇。彼女が宿泊していた宿舎も爆風で大破し、間一髪で一命を取り留めるという壮絶なサバイバルを経験しました。
その後、アメリカでコーチとしてのキャリアをスタートさせ、帰国後はモスクワの一般リンクで底辺から指導者としての実績を積み上げました。2014年ソチ五輪でユリア・リプニツカヤを金メダルに導いたことで一躍脚光を浴び、名門サンボ70のトップへと登りつめた背景には、こうした極限の逆境を生き抜いてきた強靭なメンタリティが存在します。