五輪マークが誕生したのは、近代オリンピックの幕開けから18年が経過した1913年のことでした。「近代オリンピックの父」と称されるフランスの教育者、ピエール・ド・クーベルタン男爵が自らデザインし、翌1914年にパリで開催されたIOC設立20周年記念式典で初めて公式に披露されました。
クーベルタン男爵が当時の機関誌『Revue Olympique』に遺した手記には、このデザインに込められた真の意図が明確に記されています。
「この6つの色(旗の白地を含む青、黄、黒、緑、赤)は、現在のすべての国の国旗の配色を再現できるように組み合わされている。スウェーデンの青と黄、ギリシャの青と白、フランス・イギリス・アメリカ・ドイツ・ベルギー・イタリア・ハンガリーの三色旗、スペインの黄と赤、ブラジルやオーストラリアの国旗……これら例外のない世界共通のシンボルなのだ」
クーベルタンが目指したのは、「大陸ごとに色を分けて分類すること」ではなく、「当時の地球上に存在したすべての国の国旗の色を網羅し、誰ひとりとして排除されない連帯の場を作ること」でした。旗のベースである「白地」を合わせた合計6色を用いることで、当時国際社会に存在していたあらゆる国家のアイデンティティが、この1枚の旗の中に包摂される構造を作り上げたのです。
5つの輪が互いに絡み合う造形は「五大州(アジア・ヨーロッパ・アフリカ・南北アメリカ・オセアニア)の世界の結合」を意味し、そこに配された多彩な色は「国家や国境を超えた人類の調和」を表しています。個別の色に特定の地域をあてはめる狭量な解釈こそ、クーベルタンが最も忌避した思想であったと言えます。