メリケンパークの東側岸壁に足を運ぶと、現代的なベイエリアの景観から一転、海側へ大きく傾斜して裂けたアスファルトと、根元から折れ曲がった街灯が視界に飛び込んできます。この場所こそ、メリケンパークの被災岸壁をそのまま残した神戸港震災メモリアルパークです。
当時、神戸港は国内最大級の国際貿易港として日本の物流を支えていましたが、大地震によってコンテナバースを含む全岸壁の約9割が損壊し、港湾機能は完全に麻痺しました。港の全面復旧が急務とされるなか、行政や港湾関係者の間では「すべてを綺麗に直すべきか、それとも一部を教訓として残すべきか」という激しい議論が交わされました。
最終的に下された神戸港の震災遺構保存理由は明確でした。当時の港湾関係者の手記には、「自然災害の脅威と人間の英知による復興の歩みを、言葉ではなく実物として未来の世代に手渡さなければならない」という強い危機感が記されています。地盤の液状化と側方流動によって岸壁が海側に押し出され、敷石が波打つように陥没した約60メートルの区画が、被災当時の状態のまま恒久保存されることになったのです。