縄文時代の乳幼児死亡率は、現代の感覚をはるかに凌駕する過酷さでした。推定では、生まれた赤どものうち約3割から4割が生後数年以内に死亡していたと考えられています。自然環境に左右される生活の中、保温設備や離乳食の衛生管理が不十分だった時代において、免疫力の低い赤子にとって最初の冬を越すことは命がけの関門でした。
さらに女性にとって最大の試練だったのが出産です。医療技術が存在しない当時、難産や産褥熱(さんじょくねつ)による母子の命の喪失は日常茶飯事でした。縄文時代における女性の死亡率のピークが20代から30代前半に集中している背景には、出産に伴う身体的リスクが直結していた現実があります。