今でこそ老若男女に愛される存在となったが、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。着物姿にキザなキャラクター、ローラーシューズを履いて舞台上を滑走するなど、迷走を繰り返していた下積み時代。当時の彼らは、劇場に足を運ぶお笑いファンの記憶にすら残りにくい、どこにでもいる若手コンビの一組に過ぎなかった。
転機となったのは、相方の言動を一切否定せず、肯定的な理由をつけて受け入れる「否定しない漫才」の着想だった。キザな扮装をした松陰寺太勇が首を激しく振りながら「いや、でも待てよ?」と翻意し、肯定に転じる構造。そこへシュウペイのマイペースなボケが絶妙に噛み合い、唯一無二のグルーヴが生まれた。
そして伝説のフレーズ「時を戻そう」の誕生。舞台上で話の展開が詰まった際や、ミスを笑いに変えるための苦肉の策として発せられたこの言葉が、漫才のメタ構造をメタ視点で軽やかに包み込む奇跡のフレーズへと昇華した。サンミュージックプロダクション所属の彼らが、長年の暗中模索の末に手に入れた、起死回生の一手だったのだ。