アントニオ猪木「道」の真実|一休宗純の誤解と本当の作者全文解説

アントニオ猪木「道」の真実|一休宗純の誤解と本当の作者全文解説

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長きにわたり、この「道」という詩は室町時代の臨済宗の禅僧・一休宗純の言葉であると語られてきました。引退試合のスピーチ冒頭でも、猪木氏自らが「この言葉を一休和尚の言葉として贈りたいと思います」と前置きして朗読したため、一般メディアや関連書籍でも「一休禅師の遺言」として無批判に掲載され続けた背景があります。

しかし、仏教学者や文学研究者の検証によって、この詩の真の作者は清沢哲夫氏(1912~2000年)であることが判明しています。清沢氏は石川県出身の宗教哲学者であり、真宗大谷派の僧侶でした。京都大学哲学科で西田幾多郎や田辺元に学び、実存主義と親鸞の思想を深く掘り下げた碩学です。

原詩は、清沢氏が1951年(昭和26年)に自費出版した詩集『無常断章』に収められた「道」という作品です。当時の手記や著作権管理団体の記録によると、本来の詩文は以下のような構成でした。

「此の道を行けば どうなるのかと 危ぶむなかれ
危ぶめば 道はなし
ふみ出せば その一足が 道となる
其の一足が 道である
わらじばき すててゆけ
ふみ出せよ 迷はずゆけよ ゆけばわかるさ」

なぜ清沢氏の詩が一休宗純の言葉として誤認されたのか。取材記録を辿ると、昭和中期から後期にかけて全国各地の寺院の掲示板や、作家・文化人のエッセイで作者不詳のまま引用される事例が多発していました。その過程で「破天荒な禅僧・一休の語録」という俗説と混同され、猪木氏の耳に入った際にも「一休の言葉」として伝達されてしまったというのが事の真相です。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。