「世界で最も歯が多い生き物は何か」という問いに対し、サメやワニ、あるいはクジラを思い浮かべる人は少なくありません。しかし、生物学的な分類においてその頂点に君臨するのは、体長わずか数センチのカタツムリです。一般的な成体で約1万本から2万本、日本国内に広く生息する大型のマイマイ類などでは25,000本以上もの微細な歯が備わっていることが研究によって明らかになっています。
ただし、カタツムリの歯は哺乳類のように顎の骨から生えているエナメル質の独立した歯ではありません。生物学的には「歯舌(Radula)」と呼ばれる柔軟な帯状の筋肉器官の上に、キチン質で構成された無数の微細なトゲ(小歯)が規則正しく並んでいます。この軟体動物における歯舌の特徴こそが、過酷な自然界を生き抜くための極めて合理的な摂食システムです。
カタツムリの口は頭部の下側に位置しており、食事の際には口の中からこの歯舌をペロリと突き出します。歯舌を前後にリズミカルに往復運動させることで、植物の繊維や付着した藻類をおろし金のようにガリガリと削り取って飲み込みます。つまり、噛み砕いてすり潰すのではなく、「無数の微小な刃先で削り削ぎ落とす」という物理動作を行っているのです。