村下孝蔵をただのメロディメーカーと捉えるのは、彼の本質を見誤ることになります。彼の真骨頂は、歌唱力と同等、あるいはそれ以上に卓越していた驚異的なギター演奏力にありました。彼がアコースティックギター1本で聴かせる伴奏は、プロのスタジオミュージシャンが「どうやって一人で弾いているのか理解できない」と舌を巻くほどの異次元の技巧に満ちています。
『初恋』の弾き語りにおいても、親指でベースライン(低音域)を絶え間なくキープしながら、人差し指・中指・薬指を極めて正確に独立させて高速アルペジオを紡ぎ出す、変則的なスリーフィンガー・ピッキングが駆使されています。クラシックギターの高度なフィンガーピッキング技術、ベンチャーズ直系の鋭利なオルタネイトピッキング、そしてフラメンコギター特有の哀愁を帯びたカッティング奏法が、1台の生ギターの中で有機的に融合しているのです。
ライブステージにおいて、彼は一切のオブラートに包まれることなく、完璧なピッチのボーカルを朗々と響かせながら、同時にアルバム音源のストリングスやベースラインの役割をたった1本のギターで完全に再現してみせました。この圧倒的なフィジカルスキルがあったからこそ、素朴なフォークソングの枠に収まらない、重厚で緊張感のあるドラマツルギーを構築することが可能だったのです。