「土用の丑の日」という言葉は、古代中国の自然哲学である陰陽五行思想(木・火・土・金・水)と、方角や暦を表す十干十二支が複雑に交差して生まれた暦の概念です。五行説では、春を「木」、夏を「火」、秋を「金」、冬を「水」に割り振りますが、これでは「土」の居場所がなくなります。そこで、季節が移り変わる直前の約18日間を「土が万物を育み、変化を媒介する期間」と位置づけ、これを「土用」と名付けました。
そして十二支は年だけでなく、日ごとにも「子・丑・寅・卯……」と12日周期で割り振られています。つまり、土用の丑の日とは「約18日間の土用期間中に巡ってくる十二支の『丑』の日」を指します。18日の中に12日周期が重なるため、年によっては期間中に2回丑の日が巡る年もあります。
では、なぜそこで「うなぎ」を食べる習慣が生まれたのでしょうか。もっとも広く知られているのが、江戸時代中期の蘭学者・発明家である平賀源内(1728–1780)による仕掛けです。当時の天然うなぎは脂が重く、夏場は売り上げが激減して経営難に陥る鰻屋が続出していました。相談を受けた源内は、「本日、土用の丑の日」と大書した看板を店先に掲げるよう助言。これが大ヒットを記録し、江戸中の鰻屋が真似をしたことで社会現象へと発展しました。
当時の民間信仰では「丑の日には『う』のつくものを食べると病気にならない」という言い伝え(食い養生)が存在していました。源内はこの土着の風習を鮮やかに言語化し、消費者の購買意欲を刺激するキャッチコピーへと転換させたのです。現代のマーケティング理論で言えば、潜在的な文化的インサイトを掘り起こして購買行動を喚起した極めて高度なプロモーション戦略でした。
生物学的な事実として、天然うなぎが越冬に向けて栄養を蓄え、最も脂が乗って美味しくなる旬は「10月から12月の晩秋から初冬」です。つまり、夏場にうなぎを食べる行為は、本来の味覚的な旬からは外れた「商業的な動機」によって作られた文化でした。しかしながら、ビタミンA、B群、良質なタンパク質が豊富なうなぎが、酷暑で体力を消耗した江戸庶民の夏バテ予防に抜群の薬効を発揮したこともまた紛れもない事実であり、結果として理に適った習慣として令和の現在まで受け継がれています。