1億円を返し終えた後も、父親との関係が修復されることはありませんでした。離婚後、父親は新宿の歌舞伎町界隈を根城とし、坂上忍の名前を出して金を工面しようとしたり、新たなトラブルを起こしたりしたためです。坂上忍は家族を守るため、父親との完全な絶縁を決断しました。
その後、勝也氏は表舞台に姿を現すことなく、晩年は病気に倒れました。かつての無頼な面影はなく、ひっそりと息を引き取ったと報じられています。具体的な病名については公表されていませんが、長年の過度な飲酒や不摂生がたたった内科疾患・持病の悪化が直接的な死因とされています。
父親の訃報を聞いた当時、坂上忍は葬儀への参列を固辞したと明かしています。あまりに重い傷痕を残した父親に対し、安易な許しを与えることはできませんでした。しかし、自身が50代を迎え、愛犬や保護動物たちと暮らす現在、メディアでの発言には変化が見られます。「父親のダメな部分を反面教師にして生きてきたが、自分の中にも間違いなくあの人の血が流れている」と語り、激しい憎悪を乗り越えた静かな受容の境地に達しています。