「いたしません」という言葉は、動詞「する」の謙譲語である「致す(いたす)」に、丁寧の助動詞「ます」の未然形+打ち消しの助動詞「ぬ(ん)」が結びついた敬語表現です。文法規準に照らし合わせれば、自らの動作をへりくだって相手を立てる正当な敬語に分類されます。
しかし、実際のビジネスシーンで「いたしません」と告げられた受け手は、文法的な正しさとは裏腹に「一方的に突っぱねられた」「冷たくあしらわれた」という心理的抵抗を抱きがちです。その要因は、この言葉が内包する「私にはそれを行う意志が一切ない」という能動的な拒絶のニュアンスにあります。
相手への配慮や状況への遺憾の意が介在しないため、単体で放たれると心理的バウンダリー(境界線)を冷徹に引かれたような印象を相手に植え付けてしまいます。敬語の形式を満たしていても、コミュニケーション上の配慮を欠けば結果的に失礼な物言いと見なされるのがビジネス現場の実態です。
なお、漢字表記の観点では、公用文作成のルールに基づき「いたしません」と平仮名で表記するのが通例です。単独で「全力を尽くす」という意味を持つ本動詞として使う場合は「最善を致す」と漢字表記されることもありますが、補助動詞的に用いる場合は平仮名表記が視覚的にも柔らかく、ビジネス文書において標準的とされています。