尾道市立美術館の自動ドア前で繰り広げられた、攻め入ろうとする猫とそれをソフトに阻止する警備員のやりとり。このドラマが始まったのは、2017年に開催された「猫まみれ展」がきっかけでした。黒猫のケンちゃんが涼しい館内へ足を踏み入れようとしたところ、常駐警備員だった馬屋原定雄さんが両手でやさしく押し返したワンシーンが美術館の公式X(旧Twitter)に投稿され、瞬く間に世界各国へと拡散しました。
月日が流れた現在も、ケンちゃんは美術館の近隣にあるレストランの地域猫として地域の人々に手厚く見守られながら、元気に暮らしています。茶トラの「ごっちゃん」が新たな里親のもとへ旅立ったあとも、ケンちゃんは時折ふらりと美術館のガラス扉の前や千光寺公園の前庭に姿を見せ、パトロールを欠かしません。
関係者への取材や現場の目撃談によると、馬屋原さんとケンちゃんの関係性はもはや単なる「侵入者と警備員」という枠組みを超え、阿吽の呼吸で通じ合う唯一無二のパートナーシップへと昇華しています。馬屋原さんが勤務に入る日、ケンちゃんがテラスの足元に体をすり寄せ、馬屋原さんが目尻を下げて優しく撫でる姿は、今や尾道の風物詩として定着しました。かつてのような激しい攻防戦というよりも、穏やかな再会を喜び合うような成熟した交流が、訪れる来館者の心を静かに癒やしています。