シューベルツ解散後、メンバーたちはそれぞれの道を歩み、昭和から平成、令和の音楽界に確固たる足跡を残しました。
はしだのりひこの挑戦、病気との闘い、そして旅立ち
はしだ氏はシューベルツ解散直後、はしだのりひことクライマックスを結成。1971年に発表した『花嫁』は、オリコン1位を獲得するメガヒットとなり、同年の『NHK紅白歌合戦』初出場を果たしました。その後もソロ活動やプロデュース業、テレビ番組の司会など多方面で活躍を続けました。
しかし、晩年は過酷な闘病生活を余儀なくされます。はしだ氏はパーキンソン病および直腸がんを患い、長年にわたって療養生活を続けていました。2017年4月には車椅子姿で京都のコンサートにサプライズ出演し、往年のファンを感動させましたが、同年12月2日、京都市内の病院で惜しまれつつ永眠しました(享年72)。
はしだのりひこ氏の現在は、彼が遺した数々の名曲とともに、昭和フォークを代表する不世出のメロディメーカーとして語り継がれています。
杉田二郎らメンバーの息の長い音楽活動
一方、シューベルツで12弦ギターとボーカルを担当した杉田二郎氏は、ジローズを経てソロシンガーとして大成。『ANAK (息子)』などのヒットを放ち、2026年代以降も全国のフォークコンサートやフェスで力強い歌声を響かせ、昭和フォークの魂を今に伝え続けています。また、ドラムの越智友嗣氏も後進の育成や音楽イベントで活動を続けました。