牛肉の食感を決定づける最大の要素は、筋肉を構成する「筋線維(きんせんい)」の束と、それらを束ねる結合組織(コラーゲン)の存在です。特に脂肪分が少ない赤身肉は筋線維が細長く密に詰まっており、加熱によってタンパク質が凝固すると強固なゴムのような弾力を持ってしまいます。
ここで重要なのが、赤身ステーキを柔らかく切る理由の物理的メカニズムです。繊維の流れる方向に沿って平行に切ってしまうと、長く強い繊維がそのまま口の中に残るため、奥歯で何度も咀嚼しなければ噛み切れません。一方、繊維を垂直に断ち切るようにスライスすると、硬い線維が短く分断され、口に入れた瞬間にハラリと解けるような柔らかい食感へと変化します。
高価な霜降り肉は脂(サシ)が繊維の間に入り込んでいるため適当に切っても柔らかく感じられますが、脂の少ない肉ほどカット技術の差がダイレクトに味へ直結します。包丁の刃を入れる向きを変えるだけで、100g数百円の特売肉が専門店レベルの極上ステーキに化ける理由はここにあります。