標高2,291メートルを誇る旭岳は、ロープウェイを利用すれば標高1,600メートルの姿見駅まで容易にアクセスできるため、初心者から上級者まで多くの登山者が訪れます。しかし、下山時に視界不良(ガス・濃霧)に見舞われると、極めて危険な「地形トラップ」が待ち構えています。それが「偽金嶺水(ニセ金嶺水)」と呼ばれる偽の目印です。
正規の下山ルート上には「金嶺水(きんれいすい)」と呼ばれる岩場・湧水ポイントがあり、登山者はこれを視界に捉えながら安全な尾根道へ進みます。ところが、南西斜面にはこれと酷似した地形配置を持つ「偽金嶺水」と呼ばれる巨岩地帯が存在します。悪天候下で方位磁針や地図を正確に確認しないまま下山すると、無意識のうちにこの偽金嶺水へと誘導され、忠別川の険しい谷(左股)へ吸い込まれてしまう構造になっています。
山岳遭難における鉄則は「道に迷ったら尾根に登り返す」ことですが、疲労と悪天候の中で標高を上げる行為は精神的・体力的に極めて過酷です。男性は沢を下れば道路に出られると信じ、忠別川の源流部へと侵入。やがて現れた巨大な滝と険しい崖に挟まれ、文字通り「崖の上で動けない」袋小路(テラ・インコグニタ)へと追い詰められていきました。