東京大学野球部でのエースピッチャーとしての経験、そして日本放送協会(NHK)に入局してからの記者生活。大越健介氏の歩みは、常に泥臭い「現場」と背中合わせだった。政治部記者として永田町の激震を追い、ワシントン特派員として国際情勢の最前線に立った日々。当時の同僚たちが語る彼の姿は、「理屈よりもまず現場の空気感を嗅ぎ取る男」だったという。
公共放送の看板を背負っていた時代、彼が放つ言葉はどこか枠に収まりきらない人間味を帯びていた。型にはまった原稿を読み上げるのではなく、自身の目で見て、耳で聴いた感触をそのまま生放送の言葉に乗せる。テレビ朝日へ拠点を移し『報道ステーション』のメインキャスターに就任して以降も、その哲学が揺らぐことはない。民放という自由度の高いフィールドを得たことで、彼の語り口はより多角的な深みを増している。